
親が要介護で施設に入所し、「誰も住まなくなった実家をどうしようか」と悩んでいる方もいらっしゃるのではないでしょうか。実家を売却して介護費用に充てるべきか、将来のために残すべきか、決断は簡単ではありません。
この記事では、実家を売却するタイミングや具体的な流れ、売却にかかる費用・税金、利用できる控除などを解説します。この記事を読んで、ベストな選択をするための手助けとなると幸いです。
実家を売却するなら親の生前がいい?相続後の売却と比較

親が施設に入所した場合、誰も住まなくなった実家は生前に売るのがいいのでしょうか?それとも、親が亡くなって相続した後に売ったほうがいいのでしょうか?ここでは、親の生前と相続後に売却する場合、それぞれのメリット・デメリットを詳しく解説します。
親の生前に売却する場合のメリット・デメリット
親が生きているうちに実家を売却する最大のメリットは、売却代金を親の介護費用や施設利用料に充てられることです。経済的な不安が軽くなれば、親子ともに安心して暮らせるでしょう。
親が施設に入所してから3年以内に売却すれば、実家は「マイホーム」と見なされるため、譲渡所得の3,000万円控除の特例を受けられるのもメリットです。特例については、後ほど詳しく解説します。
また、親の意思を確認しながら売却手続きを進められるため、相続時に起こりがちな親族間でのトラブルを未然に防ぎやすいという利点もあります。
一方で、親の住む家がなくなってしまう点には注意が必要です。もし症状が改善して施設から自宅に戻ることになった場合、新たに住まいを探さなければなりません。高齢者の住居探しは困難な場合も多いため、売却は慎重に判断すべきでしょう。
相続後に売却する場合のメリット・デメリット
親が亡くなり、実家を相続してから売却するという選択肢もあります。この場合のメリットは、相続財産に関する特例を使える点です。要件を満たせば、「被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」が適用され、売却時の譲渡所得から最高3,000万円まで控除できます。
加えて、不動産の相続税評価額は時価より大幅に低く設定される傾向にあります。そのため、生前に実家を売却して現金を相続するより、不動産として相続し、その後に売却したほうが税負担を軽くできる可能性があるでしょう。
しかし、この場合、親が亡くなるまで実家を所有し続けなくてはならず、その間の固定資産税や都市計画税を負担しなければなりません。もちろん、定期的な清掃や修繕といった維持管理の手間と費用もかかり続けます。適切に管理しないと急速に老朽化してしまうので、注意が必要です。
要介護の親の生前に実家を売却する場合の流れ 7ステップ

ここでは、親の判断能力がしっかりしているうちに生前売却する場合、どのような流れで進めればいいのか、7つのステップでご紹介します。
- 親に意思確認を行って委任状を作成する
- 不動産会社に実家の査定を依頼する
- 不動産会社と媒介契約を締結する
- 不動産会社が主体となり売却活動を行う
- 売買契約を締結する
- 親の本人確認と意思確認を行う
- 代金を受領し物件を引き渡す
ステップごとに詳しい内容を見ていきましょう。
【ステップ1】親に意思確認を行って委任状を作成する
そもそも不動産の売却は、所有者本人でなければできないというのが大原則です。実の子であっても、親名義の不動産を勝手に売ることはできません。
しかし、親が施設に入所中などで手続きが難しい場合、子が代理人として売却行為を進めることが認められています。その際に必要となるのが「委任状」です。これは、所有者である親が「売却手続きを子に任せる」という意思を示す書類で、子が正当な代理人として活動するために作成が求められます。
委任状に記載するのは、主に以下のような内容です。
- 代理人を指定し、不動産売買契約を委任する旨の表示
- 不動産の情報(所在地、地番、面積など)
- 委任する範囲(どこまで子に任せるか)
書式は特に定められていません。不安な場合は、司法書士や弁護士などの法律の専門家に相談すると安心です。
【ステップ2】不動産会社に実家の査定を依頼する
委任状を作成したら、実家がいくらで売れるのかを知るため、不動産会社に査定を依頼します。ここで提示される査定価格が、いくらくらいで売れるかという一つの基準です。査定価格は、依頼する不動産会社によってまちまちです。最初の「簡易査定」は、物件情報を各不動産会社のホームページ上で入力すれば簡単に依頼できるので、複数社から提示を受けたほうがよいでしょう。
その後、簡易査定による査定価格や各社の対応を比較し、候補となる2〜3社に「訪問査定」を依頼します。訪問査定では、不動産会社の担当者が実際に物件を訪れ、家の状態や周辺環境を細かく確認したうえで査定するため、より精度の高い査定価格が分かります。
【ステップ3】不動産会社と媒介契約を締結する
訪問査定の結果をもとに、査定価格の根拠や担当者の対応などを総合的に判断し、信頼できる不動産会社と「媒介契約」を結びます。これは、不動産会社に売却活動を依頼するための契約です。
媒介契約は3種類あるため、自分の考えに合う形態を選びましょう。
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契約の種類 |
複数の不動産会社への依頼 |
自己発見取引※ |
不動産会社からの売却活動報告義務 |
レインズへの物件登録義務 |
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一般媒介契約 |
◯ |
◯ |
なし |
なし |
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専任媒介契約 |
× |
◯ |
2週間に1回以上 |
契約から7日以内 |
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専属専任媒介契約 |
× |
× |
1週間に1回以上 |
契約から5日以内 |
【ステップ4】不動産会社が主体となり売却活動を行う
媒介契約の締結後、本格的な売却活動が始まります。広告作成や不動産情報サイトへの掲載、問い合わせ対応といった活動は、不動産会社が主体となって進みます。
ただし、購入希望者から内覧の申し出があった場合は、代理人がその場に立ち会い、対応する必要があります。内覧は、購入するかどうかの判断に大きく影響する大切な機会です。よい印象を持ってもらうためにも、事前に実家の掃除や片付けを済ませ、きれいな状態にしておきましょう。
【ステップ5】売買契約を締結する
購入希望者が現れたら、不動産会社を通じて「購入申込書」を受け取ります。申込書で提示された内容をもとに売却の条件をすり合わせ、買主と合意できれば、正式に売買契約の締結となります。
締結時は、不動産会社の宅地建物取引士による「重要事項説明」の後、契約書への署名・捺印を実施。同時に、買主から「手付金」として売却代金の一部(一般的に5〜10%程度)を受け取るのが通例です。
【ステップ6】親の本人確認と意思確認を行う
売買契約の締結までは、代理人である子が手続きを進められます。しかし、最終的な代金の受領や物件の引き渡しを進めるには、所有者である親本人の意思確認が必要です。司法書士が親と直接対面し、本人確認と「本当にこの不動産を売却する意思があるか」という最終の意思確認が行われます。
もし、このとき「親に契約できるだけの判断能力がない」と司法書士に判断されてしまうと、それまでの契約行為が無効になってしまうおそれがあります。このステップは、それだけ大切な手続きなのです。
【ステップ7】代金を受領し物件を引き渡す
所有者である親の売却意思が確認できたら、いよいよ物件の引き渡しに移ります。買主が残代金をすべて支払ったことが確認できた後、所有権の移転登記を行い、物件の鍵を買主に渡せば引き渡しは完了です。
引き渡し時には登記識別情報通知書(または登記済証)、固定資産税評価証明書などの書類を準備する必要があります。また、引き渡し日までに実家の荷物をすべて運び出し、買主がすぐ入居できる状態にしておくことも忘れてはなりません。
親の生前に実家を売却するときにかかる費用や税金のこと

親名義の実家を売却する際、費用や税金がどれくらいかかるのかも気になるところ。ここでは、実家の売却時にかかる費用や税金の種類と、使える可能性のある控除について解説します。
親名義の実家を売却する場合にかかる費用・税金の種類
実家を売却するときにかかる費用と税金の種類と内容を、表で簡単にまとめました。
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種類 |
内容 |
費用の目安・計算方法 |
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仲介手数料 |
媒介契約を結んだ不動産会社に支払う成功報酬。売買契約成立時に発生する。 |
「(売却価格 × 3% + 6万円)+ 消費税」を上限として決める(売却価格400万円超の場合) |
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印紙税 |
売買契約書に貼付する印紙代。売却価格により金額が異なる。 |
1,000万円超5,000万円以下の場合、1万円(軽減税率) |
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譲渡所得税 |
売却の利益(譲渡所得)にかかる、所得税・住民税・特別復興所得税の総称。 |
譲渡所得×税率(所有期間5年以下の場合の税率:39.63%、5年超の場合の税率:20.315%) |
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その他費用 |
必要に応じて、家の解体費用、不用品処分費用、土地の測量費用などがかかる場合がある。 |
状況により異なる |
生前の実家売却で利用できる税金の控除や優遇措置
親名義の実家を生前に売却する場合、その家は「マイホーム」と見なされるため、売却益にかかる譲渡所得税の負担を大きく軽減できる可能性があります。ここでは、代表的な特例を3つご紹介します。
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特例の名称 |
内容 |
主な適用要件 |
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居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除 |
譲渡所得から最高3,000万円まで控除できる。 |
・自分が住んでいる家屋、または住まなくなってから3年が経過する年の年末までに売却すること。 ・親子や夫婦など特別な関係にある相手への売却ではないこと。 |
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特定の居住用財産の買換えの特例 |
売却額以上のマイホームに買い換えた場合、旧居の売却時の譲渡所得税の課税を将来に繰り延べられる。 |
・売却した年の1月1日時点で、所有期間が10年を超えていること。 ・売却代金が1億円以下であること。 |
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マイホームを売ったときの軽減税率の特例 |
譲渡所得のうち6,000万円以下の部分について、通常より低い税率が適用される。(3,000万円控除との併用可) |
・売却した年の1月1日時点で、所有期間が10年を超えていること。 ・3,000万円控除以外の特例を受けていないこと。 |
どの特例が利用できるかは状況によって異なるため、不動産会社や税理士などの専門家に相談するのがおすすめです。
親の生前に実家を売却する際の注意点

親の生前に実家を売却することには多くのメリットがある反面、押さえておくべき注意点もあります。将来のトラブルを防ぐためにも、以下のポイントに気をつけましょう。
親の意思を尊重しなくてはならない
子が代理人として売却を進めるにあたって、最も大切にしなくてはならないのが「所有者である親の意思」です。あくまで、売却の最終決定権は親にあります。
手続きが進んでから、親の気持ちが変わって「売りたくない」と言われてしまえば、買主との間で深刻なトラブルに発展する可能性もあります。売却を始める前に、売却すべき理由や資金の使い道などを丁寧に説明し、親の完全な同意を得ておきましょう。
親が認知症になると成年後見制度の対象になる場合がある
上で紹介した売却手続きの流れは、親に十分な判断能力があることが前提です。もし認知症などで契約行為をするのが難しい状態であると判断された場合、委任状があっても法的に有効な契約とは認められません。
こうした状況で住んでいない実家を売却する場合、「成年後見制度」を活用するのが基本です。この制度では、判断能力が不十分な方に代わり、選任された後見人が財産管理や契約行為を行います。
認知症になってから後見人を選定する「法定後見制度」では、家庭裁判所が人選を決めるため、必ずしも子が後見人になれるとは限りません。将来子に財産管理を任せたいなら、親の意思がはっきりしているうちに、あらかじめ後見人を指定しておく「任意後見制度」の利用を検討しましょう。
施設に入ってから3年以内に売却しないと特例が使えない
生前売却の大きなメリットである「居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除」の適用を受けるには、時間的な制約があります。
先述のとおり、「住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに譲渡すること」が適用要件とされているからです。つまり、親が施設に入所して実家に住まなくなってから、3年以内に売却を完了させないと特例は使えなくなってしまいます。
特例が使えるかどうかで課税額が大きく変わる可能性もあるため、計画的に売却を進めることが大切です。
確定申告は代理人が代わりに行うことができない
不動産を売却して利益が出た場合や、譲渡所得税の特例の適用を希望する場合には、売却した翌年に確定申告を行わなければなりません。確定申告は、売却の当事者である親本人が行うのが原則です。委任状があっても、子が親の代わりに確定申告することは認められていません。
もし親本人が手続きできない場合は、税理士に依頼する必要があるので注意しましょう。なお、成年後見人であれば代理申請もできます。
まとめ
親が施設に入所したとき、実家を売却するかどうかというのは大きな決断です。親の生前に売却すれば、売却代金を介護費用や施設利用料に充てることができますが、親の意思の尊重や判断能力の問題など、気をつけるべきポイントも多くあります。
また、手続きには専門知識が求められるため、不安な点があれば不動産会社や司法書士、弁護士、税理士といった専門家へ早めに相談しましょう。信頼できる専門家の力を借りながら進めることが、トラブルを回避し、実家をスムーズに売却するコツです。